可能性

わたくしの好きなマンガに、スラムダンクというバスケマンガがあります。

言わずと知れた、大ヒット漫画です。


10年以上前のものなのに、いまだに根強い人気を誇っています。



内容がとても良いことはもちろんですが、名言の宝庫としても有名だったりします。




その中のひとコマを紹介したいと思います。



初の全国大会でのシーン。
緒戦で、いきなり優勝候補筆頭の山王工業と当たってしまいます。


後半残り10分少々というところで、20点以上差をつけられてしまう。

ここで、バスケを初めて数ヶ月の花道君が観客に向かって、「山王工業は俺が倒す!」と宣言してしまいます。

観客からのブーイングの中、味方の先輩達に向かって「これで勝つしかなくなったぜ」と言うわけです。



しかし、経験豊富な先輩達が言うわけですよ。

「おめーが簡単に言うような点差じゃねーぜ」と。


そこで素人の花道君が、「おめーらのバスケかぶれの常識は通用しねえ!!素人だからよ」と返したわけです。



私たちは、自分の中の常識にとらわれて、自分で決め付けてしまうことが多々あると思います。
このマンガでのワンシーンも、経験者にしてみると、この時間でこの点差だと逆転するのはムリだと思ってしまう。
ムリだと思った時点で、そこで終わってしまいます。


しかし、経験したことの無い者や、その状況を知らないものにとっては、まだ可能性があるんじゃないの?って思っても不思議は無い。
ムリだと思った時点で、その後の可能性を自ら摘んでしまう。



えっと、ソクラテスだかルソーだかモンテスキューだか忘れてしまいましたけど、「無知の知」って言葉があります。
ありましたよね?


この言葉は、たしか「自分自身が無知であることを知っている人間は、自分自身が無知であることを知らない人間より賢い」
というような内容だったと思います。


これに似たような言葉で、やはり同じスラムダンクの中の言葉に、安西先生の「初心者の 上級者への道のりは 己が下手さを 知りて一歩目」というのがあります。


この二つの言葉で感じたことは、満足した時点で、そこからの成長も止まってしまうということ。
自分は何も知らない。知りたいと思うから勉強したり、バスケも下手だと思うから練習したり上手くなりたいという向上心が生まれるわけです。



しかしながら、最初に書いた花道の言葉「素人だからよ」

これは、無知ということを自覚した上での可能性を秘めた言葉だと思います。


もうムリだという知識、常識は、まだいけるという可能生に対して、無知だと言うことなのかなーと。



常識にとらわれない発想というものも、とても大切だなぁと・・・



はい、お得意の、自分で書いてて自分の考えがまとまらなくなってきて、最後はグダグダになるといういつものパターンですが、後はみなさんの解釈で勝手に考えてください。(投げやり)


とにかく、自分の中の常識で決め付けず、自分で可能性を閉じたりですね、他人の常識を否定したりしないで、違ったものの考え方をしてみるのもいいんじゃねーの?(投げやりpart2)





最後に、安西先生の有名なセリフ



「諦めたら、そこで試合終了ですよ」